妄想小説Walk2 エピソード16

出張二日目は滞りなく過ぎた。

私は、何もミスをしなかった事に心から安堵した。

これで今日もミスなんてしてしまったら、切腹しても足りないほどお詫びをしなければならない所だ。

それを避けることが出来て、本当によかった。

 

そして今。

ようやく会社に戻って来れて、私はちょっとホッとしていた。

しかし。

 

「!」

 

山田さんと私は今、会社のロビーを歩いていたのだが。

前を歩く山田さんが急に立ち止まったので驚くと同時に

 

「ごめん!」

 

私は反射的に謝っていた。

山田さんにぶつかりそうになったからだ。

 

「・・・」

 

しかし、山田さんはそれに何の反応も示さないまま振り返る。

 

「・・・どうしたの?」

 

もうほとんどの人が帰宅しているのだろう。

静まり返った夜のロビーに私の声が響く。

 

 

 

 

そんなシーンとしたロビーで次に山田さんの口から出てきた言葉に私は驚きを隠せなかった。

 

 

 

「まゆみさん・・・俺・・・本当はまゆみさんに会いたくてこの会社に入ったんだ」

「え・・・」

「あの時は全部嘘だって言ったけど、本当は・・・まゆみさんのこと、本気で好きになってた」

「!?」

 

突然、そんな事を言われ、私の頭の中は混乱していた。

 

「ごめん、言ってる意味がわからない・・・」

「まゆみさんが好きだ」

 

山田さんはそんな私の目をまっすぐ見つめ、そう言う。

 

「!?」

「ごめん、混乱してるよね。でも俺もう自分の気持ちが止められない」

「!?」

「まゆみさんを俺のものにしたいんだ」

 

私の頭の中はパニック状態だった。

山田さんが何を言っているのか、理解できない。

ただ。

 

「私・・・有岡くんと付き合ってるから・・・」

 

この一言を絞り出すことしか出来なかった。

だけど。

 

「わかってる」

 

山田さんの言葉が私の言葉を遮る。

そして山田さんは、憂いを帯びた瞳でまっすぐ私を見つめて言った。

 

「待ってるから」

「・・・」

 

動けなかった。

山田さんの想いが、山田さんの瞳が、真剣なんだなって。

私にはそう思えて。

どうしても動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?2人とも帰ってたんだ!おかえり!」

 

そんな時。

有岡くんがそう言って笑顔で現れた。

 

「有岡くん・・・ただい・・・」

「大ちゃんごめん。俺やっぱまゆみさんのこと好きだわ」

 

私の声は山田さんの言葉にかき消される。

 

「え!?」

「まゆみさん、今は大ちゃんの事好きかもしれないけど、それ以上に俺の事好きにさせてみせるから」

「ええ!?」

 

突然の展開に有岡くんは戸惑っている。

それに追い打ちをかけるように山田さんは

 

「大ちゃん、いいよね?」

 

と有岡くんの方を向く。

山田さんにそう言われた有岡くんは少しの間考える素振りを見せた後

 

「まぁ・・・選ぶのはまゆみさんだしな・・・」

 

とつぶやいた。

 

「え・・・」

 

有岡くんらしいといえばらしい答えなのかもしれない。

でも、私は、多分、「俺の女だから」って言って欲しかったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

何かが、私の中で壊れ始める音がした。

 

やっぱり、有岡くんは、私じゃなくていいんだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田、落ち着けよ。ここ、会社だぞ」

 

いつの間に現れたのか、髙木くんがそう言う。

 

「そうだよ山田。落ち着け」

 

八乙女くんも。

 

2人がいたなんて、全然気が付かなかった・・・

 

 

 

「・・・すみません。お騒がせしました」

 

髙木くんと八乙女くんの言葉に山田さんは冷静さを取り戻したのか、そう言って頭を下げ

 

「失礼します」

 

と言って去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

髙木くんが私の事を気遣ってくれる。

 

「・・・うん、ありがとう・・・」

 

が、私はそう答えるのが精一杯だ。

 

「まゆみさん、モテモテだね」

 

場を和ませようとしたのか、八乙女くんがそう言ってシワシワの笑顔を見せる。

それに、私は何と答えていいのかわからず、ただただ八乙女くんの笑顔に答えるように笑顔を作ることしか出来なかった。

引きつってしまっているけれど。

 

 

 

「あ・・・私、仕事残ってるんだった」

 

私はさも「今、思い出しました感」を出してそう言う。

正直、早くこの場を立ち去りたかった。

 

「手伝おうか?」

 

それに有岡くんがそう言ってくれたが

 

「ううん、大丈夫。ありがとう」

 

私は丁重にお断りする。

そして

 

「みんなお疲れ様!」

 

と言って足早に自分のデスクへと向かったのだった。

 

 

 

 

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