妄想小説Walk第57話
八乙女くんとともに㈱帝王の玄関前に着くと、きえさんが何やらブツブツ言いながら窓を拭いている姿を見かけた。
「あれ。きえちゃん何やってんだろ?」
そんなきえさんを見て半笑いな八乙女くん。
「窓拭いてるみたいだけど・・・とりあえずご挨拶してみる?」
何やらブツブツ言ってるので邪魔しちゃいけないのかもしれないけれど、やっぱりご挨拶はした方がいいような気がする。
「そうだね」
八乙女くんもそう思ったみたいなので、私たちはおそるおそるきえさんに近づいてみる。
するときえさんは
「しんどい・・・しんどい・・・」
と言いながら窓を拭いていた。
なぜか半笑いで。
「・・・しんどいんだって。」
私には声をかける度胸がなく、思わず八乙女くんに託す。
すると八乙女くんは私に向かって大きくうなずくと
「こんな寒い中窓ふきなんかしてるから頭おかしくなっちゃうんだ。かわいそうに」
と言い残してきえさんに近づく。
そして、優しくきえさんに語りかけた。
「きえちゃん。そりゃ寒くてしんどいよ。もう窓ふきなんてやめて中に入りな。俺が薮に言ってあげるから」
「え・・・?いや、そうじゃないんです・・・」
きえさんはそう言うと懐から薮さんの顔写真が貼ってあるうちわを取り出して見つめながらつぶやく。
「薮さん・・・しんどい・・・」
「・・・え?」
ゆかさんといい、きえさんといい、ここの会社の人は好きな人のうちわを持ち歩く習性があるのか・・・?
そんな私の疑問をよそに。
「そっか。薮がしんどいのか。じゃあもういっそのこと楽になりなよ」
八乙女くんはとても親身になってきえさんに寄り添う。
え。
なに。
私にはわからないところで話が進んでるの、これ?
・・・あ。そっか。
八乙女くんの彼女もうちわを持ち歩く人だもんね。
そういうことかな?
よくわかんないけど。
「八乙女さん・・・いいんですか?」
驚き交じりの顔で八乙女くんに問うきえさん。
それに八乙女くんが笑顔で「もちろん」というときえさんは
「八乙女さんに許してもらえるなら、私、認めます!薮さんの事が好きです」
と、とても嬉しそうに言った。
え。
薮さんの事を好きだと認めるのに、八乙女くんの許可が必要なの・・・?
・・・そうなんだ。
私がそんなことを思っていたら。
「俺もきえちゃんの事好きだよ」
いつからいたのか、そこには薮さんの姿が。
わ。すごい。何これ。
「薮さん・・・」
きえさんは驚いて薮さんを見つめる。
薮さんはそんなきえさんの前までつかつかとカッコよく歩いて行き
「幸せにしてやるから、覚悟しとけよ」
というと、照れくさそうにふにゃっと笑った。
きえさんはそれをみて雷が落ちたような顔をして立ちつくしていたがハッと我に返ると、手に持っていたうちわをひっくり返して薮さんに見せる。
そこには。
”ひれ伏すのは薮様のみ”
という文字が。
薮さんはそれを見ると、うんうん、とうなずきながら、帝王感丸出しの歩き方で玄関に向かって颯爽と歩き出す。
きえさんはそんな薮さんを慌てて追いかけながら
「お慕い申しております・・・」
とつぶやいていた。
私は一体何を見せられてるんだろう?
一瞬、そんな思いが頭をよぎった(笑)
でも、何か、ドラマみたい!
まさかこんなことが起こるなんて!
とても特殊な関係性な気はするけど、お似合いだと思う!
なんてことを考えていたら、いつの間にか八乙女くんも2人に続いて玄関に入っていく姿が見えて、私は慌てて後を追ったのだった。
㈱帝王の社内に入ると、ゆかさんが机に座って仕事をしている姿が見えた。
机の上には八乙女くんのうちわが飾ってある。
「ゆかちゃん」
八乙女くんが猫なで声で彼女を呼ぶとゆかさんは嬉しそうに八乙女くんに手を振る。
八乙女くんも笑顔で手を振り返す。
・・・可愛いかよ。
「ひかる、7×8は?」
薮さんに急に問われた八乙女くん。
まさかの
「54」
という答え。
え。マジか。
「おしい」
え。
ゆかさん?
「おしいよね!」
ゆかさんのフォローに嬉しそうな八乙女くん。
「うん!だいぶ近づいてきたよ!」
「ありがとう!」
・・・そっか。
こういうものなのかな。うん。
何か短時間で色々特殊なものを見せて頂いたけど、みんな幸せそうで何より!
私は仕事に集中しよう!←