妄想小説Walk2 エピソード6
「まゆみさーん」
ある日。
会社で事務仕事をしていたら、ここにはいないはずの人の声が聞こえてきた。
驚きつつも振り返ると。
そこには伊野尾さんが立っていた。
「伊野尾さん!?どうしたんですか!?」
「大ちゃんと山田が来いって言うから来たんだけどさ。あいつらいねーじゃん」
「有岡くんと山田さんが!?」
私は慌てて周りを見渡す。
・・・確かに、2人の姿はない。
「・・・いないですね・・・」
「でしょ?」
「・・・すみません・・・」
取引先の方を呼びつけておいて不在とか、申し訳なさ過ぎる。
「何でまゆみさんが謝るの?」
えっ・・・
「・・・すみません・・・」
「だからまゆみさんは謝らなくていいって!(笑)」
何度も謝ってしまう私に伊野尾さんは笑いながらそう言う。
「ああ・・・」
伊野尾さんが優しい方でありがたい・・・
「あの、多分すぐ戻ってくると思うんですけど・・・お時間大丈夫ですか?」
「うん大丈夫~」
私の言葉に伊野尾さんはそう言うと、山田さんの席を指差して
「ここ、大ちゃんの席?」
と聞いてくる。
「いや、山田さんです」
「え、隣、山田なの?」
意外だったのか、伊野尾さんは驚いている。
「はい」
「ふぅーん」
かと思ったら、すぐに興味を失ったようだ。
「そっかー座っちゃお」
伊野尾さんはそう言うと山田さんの席に座った。
「コーヒー飲まれますか?」
ただ待たせてるのは申し訳なくて、私はそう聞いてみる。
「うん」
「じゃあ淹れてきますね」
私がそう言って伊野尾さんに背中を向けると。
「あ、まゆみさんも一緒に飲もうよ」
と声をかけられた。
「あ、はい。じゃあ・・・ちょっと待っててくださいね」
「はーい」
伊野尾さんは気の抜けた声でそう言うと、回転する椅子を左右に動かして遊び始めた。
私はそれを横目で見つつ、コーヒーメーカーからコーヒーをふたつのカップに入れ、ひとつを山田さんの机の上に置いた。
「伊野尾さん、どうぞ」
「ありがとう」
私は自分のデスクに戻り、コーヒーを一口飲む。
有岡くんと山田さんはまだ帰ってこない。
「何か本当すみません・・・有岡くんに連絡してみますね」
私はそう言うとスマホを手に取る。
「いいよ(笑) そのうち帰ってくるっしょ(笑) 」
伊野尾さんはそれを笑顔でさえぎると話を続ける。
「それより、久しぶりに会ったんだから話しようよ」
「えっ・・・あ、はい」
「大ちゃんどう?」
「えっ」
・・・どう?って言われても。
「うまくいってんの?」
「えっ・・・」
・・・そういう話か・・・
「あ・・・はい・・・多分・・・」
「多分って何なの(笑)」
「あ、いや・・・私はうまくいってると思ってるんですけどっ有岡くんがどう思ってるかはわからないのでっ・・・」
「何だよそれ(笑)」
慌てる私の姿が面白いのか、伊野尾さんはそう言って爆笑している。
「い、伊野尾さんは?あやかさんとうまくいってるんですか?」
何だか恥ずかしくなって私は話を変えようとそう言ってみる。
それに伊野尾さんはあっさりと
「超じゅんちょー」
と言ってのける。
「・・・ですよね」
「っていうか、俺は好き勝手にやらせてもらってるからさ。そうさせてくれるのはあやかぐらいなんだろうなーって思ってるよ」
少し驚いた。
あやかさんの前ではぶっきらぼうな伊野尾さんがこんなにさらっとのろけるなんて。
すごく、素敵。
「素敵ですね」
「でしょ」
私が素直に思ったことを伝えると伊野尾さんはそういって優しく微笑む。
やっぱり素敵だ。
「大ちゃんは子供みたいな所があるから母性本能くすぐられるんじゃない?」
「あーそうですね(笑)」
確かに子供っぽい所もある。
でも。
「でも、男っぽくて、すっごい頼れる人なんですよ」
頼りがいのある一面もある。
すごく素敵な人。
「えー?そうなのー?何だよーのろけかよー」
「えっいやっそんなっ」
「何だよー」
「いやいやっ私なんぞがっおこがましいっ・・・」
「・・・」
私の反応を見て一瞬黙る伊野尾さん。
そして。
「まゆみさん、大ちゃんに気を使ってる?」
真面目な顔でそう言った。
「え!?」
気を使ってるなんて。
そんなつもりは、ない。
「そんな事ないですよ!」
「そう?」
「・・・はい」
「じゃいいけど」
・・・いいんだ。
じゃあ・・・いいか・・・
「あれ?いのちゃん?」
その時。
そんな間の抜けた声が聞こえてきた。
有岡くんだ。
「何やってんの?」
「は?大ちゃんが来いって言ったから来たんだけど」
「え?明日じゃなかったっけ」
「今日だよ(笑)」
「今日か!ごめん勘違いしてた!」
勘違いしてたんだ(笑)
「やべー。山田いないや。まいっか。後で説明しよ。じゃいのちゃん!会議室で話そ!」
「大ちゃんその前にまゆみさんにお礼言って」
「お礼?」
「大ちゃんいない間ずっと俺の相手してくれてたんだから」
「そんな!伊野尾さん!いいですよ!」
伊野尾さんの言葉に私は驚いて、慌ててそう言う。
しかし、有岡くんはそんな私にとびきりの笑顔で
「まゆみさん!ありがとう!」
そう言って頭を下げる。
・・・可愛い。
許す。
許さないはずがない。
「じゃあいのちゃん、行こうか!」
有岡くんはそういうと伊野尾さんを会議室へと促す。
伊野尾さんが歩き始めたのを見ると有岡くんは私の方へと振り返って「ありがとね」と口パクでいい、笑顔で手を振り、会議室へと歩いて行った。
・・・好きです・・・
私は有岡くんの後姿を見ながらそう思った。
我ながらチョロイとは思う。
でも、しょうがない。
私は軽く弾んだ心を抱えながら自分のデスクへと戻ったのだった。