妄想小説Walk第89話
「乾杯!」
今日山田さんが選んだお店はおしゃれなスペイン料理屋さん。
山田さんの家から歩いて来れる距離のお店で、時々来るそうだ。
「あーうまい!」
サングリアを一気に飲み干して嬉しそうに山田さんが言う。
私も半分ぐらいを飲んで
「あーおいしい!」
と言った。
甘くてフルーティで飲みやすいから飲み過ぎてしまいそう。
「あーもう本当ありがとう!」
急に、そんなことを言いだす山田さん。
今日は飲むペースが早いような気がする。
もう軽く酔ってるのかもしれない。
「え?」
「まゆみさんが頑張って許可取ってくれたんでしょ?本当ありがとう」
「ううん!山田さんの実力だよ。私はそれをただ伝えただけ」
「・・・ありがとね」
私の言葉に山田さんはそういうと、ものすごく優しい顔をして微笑んだ。
私は照れくさくてそれにどう答えていいかわからず、下を向いてサングリアを飲むしかなかった。
「さっきさ。帰る時に彼を見かけたんだ」
「えっ・・・」
・・・有岡くんを・・・?
「目が合ったから、まゆみさんは俺のものだって言っといた」
「え!?」
「心の中でね。びっくりした?」
・・・ですよね。
「うん、びっくりした!」
いつの間に!?って思っちゃった。
「本当に言えばよかったな」
「えっ」
「嘘だよ(笑) 慌てんなよ(笑)」
いや。慌てますよ。
慌てるでしょうよ。
「あーでも本当嬉しいな今日はもうとことん飲もう!」
山田さんはそう言うと、お酒のメニューを嬉しそうに開いて鼻歌を歌いながらお酒を選んでいた。
その後。
仕事が決まったのが本当に嬉しかったのか、何度も何度もお礼を言いながら山田さんはお酒を飲んだ。
その結果。
あっという間にベロンベロンの山田さんが出来上がった。
よっぽど嬉しかったんだな。
可愛い人だ。
私はそんな山田さんを見ていて、ものすごく微笑ましい気持ちになった。
帰り道。
「じゃあね♪」
と歩き出そうとするが、山田さんの足元はおぼつかない。
「大丈夫?」
「だーいじょうぶだって!家はこの近くだって言ったでしょ?歩いて帰れるから!」
そうは言っているけれど、呂律が回っていない。
ユラユラしてるし。
・・・心配だ。
「近くなら送っていこうか?」
何となくほっとけなくて私がそう言うと、山田さんは目を輝かせて「いいの?」と言ってきた。
そして。
「うん」とうなずいた私に
「ありがとう!」
と笑顔で抱き付いてきた。
可愛いけど、相当酔っぱらってるな(笑)
「はいはい、じゃあ帰ろうね!どっち?」
「あっち♪」
山田さんは自分の家の方向を指差してフラフラと歩き出す。
私はそんな山田さんを脇から支えて山田さんの言う方へと歩き出した。
「じゃあ、帰るね」
山田さんの部屋の前。
山田さんがドアを開けて中に入ったのを確認してから私はそう言い、ドアを閉めて帰ろうとしたその時。
山田さんが玄関でどさっと倒れこんだのが見えて、私は慌ててそばに駆け寄った。
「大丈夫?」
「ごめん、こけちゃった」
そうは言っているが、うつぶせたままの山田さん。
「立てる?」
私は山田さんの前に回り込み、しゃがんで顔をのぞきこむ。
「・・・」
山田さんは何も言わない。
私はとりあえず山田さんの体を起こしてそこに座らせ、向かい側に座って、もう一度顔をのぞきこむ。
「大丈夫?」
「・・・」
山田さんは何も言わずに私の目を数秒見つめた後。
視線を私の唇に移してトロンとした目をして顔を近づけてきた。
「うん、とりあえず落ち着こうか」
心臓はバクバクしているけれど、私はそれを悟られないように明るくそう言う。
すると山田さんは
「・・・何で?」
トロンとした視線をこちらに向けてそうささやく。
う、美しい・・・
美しすぎてドギマギしてしまう。
けど。
気をしっかり持たなきゃ。
「いや、何でって・・・」
「俺もう我慢できねーよ・・・」
私の目をじっと見つめながら山田さんはそうささやくと、またトロンとした目で美しい顔を近づけてくる。
近すぎて気が遠くなりそうだ・・・
けど!
「もう・・・飲み過ぎだよ・・・」
私は気をしっかり持って山田さんを止めながらそうつぶやいた。
「・・・嫌?」
寂しそうな顔をして問う山田さん。
私はそれに
「・・・うん」
と答える。
酔った勢いでそんな事になるのは、やっぱり、嫌だ。
「嫌か・・・・」
山田さんは下を向き、悲しそうにそうつぶやく。
山田さんの体から力が抜けていくのがわかる。
何か・・・申し訳ないけれど、こういうことはちゃんとしたい。
「俺は・・・こんなにもまゆみさんの事が好きなのに・・・」
「だからこそだよ」
山田さんの言葉に私ははっきりとそう言い、言葉を続ける。
「だからこそ、中途半端な気持ちでそういう事は出来ないんだよ。私の中に有岡くんへの気持ちが少しでもあると山田さんを傷つけてしまいそうで怖いの。私は、自分の気持ちにちゃんとけりをつけてから山田さんと向き合いたいの。山田さんだけを、見ていたい」
「・・・」
山田さんは下を向いて黙り込んでいる。
・・・今の自分の気持ちを一気に伝えてしまった・・・。
今・・・じゃなかったのかな・・・
もっと、ちゃんと、お互いにしゃんとしてる時に話すべきだったのかも・・・。
しまった・・・・。
私がそんなことを考えている間も山田さんは下を向いたままだ。
それから。
しばらく、お互いに何も言わない時間が過ぎた後。
山田さんがふと口を開き、消え入りそうな小さな声で言った。
「・・・ハグしていい・・・?」
「えっ・・・」
「・・・何もしないから。ハグさせて欲しい」
「・・・いいよ」
私がそう答えると山田さんは静かに私を抱きしめ、しばらくそのまま動かなかった。
山田さんのぬくもり・・・心地いい。
・・・山田さんは何を考えているんだろう・・・
私は、山田さんにひどい事をしているんだろうか・・・
思わせぶりな行動で振り回してしまっているんだろうか・・・
山田さんに抱きしめられながらそんなことを考えていたら。
「・・・!」
ふいに。
山田さんの私を抱きしめる力が強くなった。
そして、山田さんはポツリと一言。
「・・・ごめんね・・・・」
相変わらず消え入りそうな声で言う。
「・・・!」
私は、山田さんが本当に消えてしまいそうな気がして、思わず山田さんを抱きしめた。
「!?」
山田さんが驚いているのがわかる。
しかし、私がそのまま力強く抱きしめ続けると山田さんも同じように力強く私を抱きしめた。
私たちはしばらくお互いをギュッと抱きしめ続けた後。
ゆっくりとお互いの手を離した。
「・・・ありがとう」
山田さんが力なく言う。
「・・・ううん」
「・・・今日はもう帰ってもらった方がいいのかも」
「・・・わかった」
私は立ち上がると「じゃあ、帰るね」という。
山田さんはそれに力なくうなずく。
私はそれを見るとドアを開け、山田さんのマンションを後にした。