妄想小説Walk第75話
「じゃあこれにハンコ押して」
「はい」
私は今、会社の会議室で山田さんと仕事の話をしている。
何だか仕事モードの山田さんがすごくかっこよく思えてしまう。
・・・いや、イケメンなのは間違いないんだけど。
・・・山田さんにしとけ、かぁ・・・。
中島さんや髙木くんに言われたせいか、私は何となく山田さんを意識し始めてしまっていた。
「何?」
山田さんが美しい顔で目を見開いてそう言う。
「・・・え?」
「何か今日俺の顔すっごい見てない?」
「・・・え!?」
どうやら私は山田さんにそう思わせてしまうほど山田さんの事をじっと見てしまっていたようだ。
「ごめんそんなつもりはなかったんだけど!嫌だよね・・・本当、ごめん!」
慌てて取り繕ってみたけれどきっとおかしなことになってる。
「嫌じゃないよ。恥ずかしいけど」
「ごめんごめんぼーっとしちゃってた!気を付けるね!」
でもなんていえばいいのかもよくわからずに山田さんの言葉をさえぎる勢いでそう言ってしまう私。
・・・ダメだな。
仕事中なのに。
ちゃんとしなきゃ。
「ねぇ、まゆみさん」
私がそんなことを思っていたら、山田さんに優しく声をかけられた。
「ん?」
「もう彼の事は吹っ切れたの?」
「え・・・」
「まだだよね。そう簡単にはいかないか」
私の様子を見て山田さんが言う。
・・・・。
「吹っ切れた」と言われると戸惑ってしまう。
何となく、「吹っ切れた」という言葉に違和感がある。
「まゆみさんの事だから・・・迷ってるってとこかな?このまま好きでいていいのかを」
・・・さすが。
でも。
「・・・そう・・・かな・・・」
何となくはぐらかしてしまう。
「自分でもよくわからないんだよね(笑)」
私はそういうと立ち上がって目の前に広げていた資料や筆記用具を片付け始める。
このまま向き合って話してしまうと、山田さんに自分の心を見透かされてしまいそうで、座ったまま話をすることが出来なかった。
「今は、とにかく目の前の仕事をひとつひとつこなさなきゃね。あんまり色々考えないで仕事に集中しといた方がいいのかな、なんて思ったりするんだ。そうすれば、時間が解決してくれるのかなって」
私はなるべく山田さんの方を見ないようにして片付けつつ、なるべく明るくそう言う。
それから資料を全て手に持つと振り返り、笑顔で話を続ける。
「気にしてくれてありがとう。私は大丈夫。本当、ありがとね」
そしてそのまま会議室を出ようと歩き始めた時。
突然後ろから山田さんに抱きしめられた。
「!?」
驚いて固まってしまっている私の耳元で山田さんの優しい声が響く。
「俺はまゆみさんを悲しませたりしないよ?」
・・・わかってる。
山田さんはきっと私の事を傷つけない。
でも。
「・・・ごめん・・・離してもらってもいい・・・?」
「・・・」
私の願いは届かないのか、そのまま無言で、しかし優しく私を抱きしめ続ける山田さん。
「・・・山田さん・・・聞こえてる・・・?」
そんな山田さんに私はそう言う。
が、山田さんはそのまま動かない。
「あの・・・」
私がもう一度、「離してほしい」と伝えようとした時。
ようやく山田さんが口を開いた。
「俺にしとけよ」
「・・・え・・・?」
「絶対に俺の事好きにさせてみせるから」
「・・・何・・・言ってるの・・・」
「彼よりも俺の方がまゆみさんの事好きだよ」
「・・・!」
有岡くんの事を言われて、思わず固まってしまう私。
有岡くんよりも、山田さんの方が、私の事を好きでいてくれてる・・・?
・・・そう・・・なのかな・・・
私の、有岡くんへの気持ちを知りながらもここまで言ってくれる山田さんの事・・・
好きになってもいいのかもしれない・・・
山田さんは動けない私をしばらくそのまま優しく抱きしめ続けた後、とても甘い声で
「今日は帰るね。また連絡する」
と言うと、そのまま会議室を出て行った。
解放された私は、何だか気が抜けてしまい、目の前にあった椅子に崩れるように座り込んだ。
・・・びっくりした・・・・
でも、山田さんのぬくもりが心地よく感じてしまっている自分がいた・・・
私は机に肘をついた状態で自分の頭を抱え込み、目を閉じた。
自分がどうしたいのか、全然わからない。
私はしばらくそのまま動けなかった。
ガチャ・・・
「まゆみさん・・・?」
どのくらい時間が経ってしまっていたのだろうか?
おそるおそるといった様子でドアが開き私を呼ぶ声が聞こえた。
ハッと我に返り声のした方を見ると、有岡くんが顔をのぞかせていた。
「大丈夫?具合悪いの?」
「え!?ううん、大丈夫だよ?何?」
心配そうに言う有岡くんの姿に私は慌てて気持ちを切り替え、そう言う。
「えっ白米に行く時間だよ?」
「え!?」
しまった!そうだった!
この後白米で伊野尾さんと打ち合わせだったんだ!
「具合悪いなら俺が一人で行ってこようか?」
有岡くんが心配してそう言ってくれる。
私はそれに
「ううん、大丈夫!ごめんね!すぐ用意するから!」
と席を立つと自分のデスクに向かう為に会議室を出た。