妄想小説Walk第76話

「いのちゃん、会うの本当久しぶりだよね」

 

白米商事の会議室で一通り仕事の話をし終えた後、有岡くんが改めてそういう。

それを聞いて伊野尾さん。

 

「大ちゃんが全然会いに来てくれないからじゃん!」

 

なぜか何らかのスイッチが入った様子。

ミニコントが始まる予感しかしない。

 

「ごめんごめん、今本当忙しくてさー」

「忙しくてもLINEぐらいできるでしょ」

「もーすねんなよー」

「すねてないよ!だって大貴が!」

 

予感的中。

有岡くんが彼氏で、伊野尾さんが彼女って事ですね。

にしてもこの2人は本当に小芝居が好きだな(笑)

 

なんて思っていたら。

 

「まゆみさんも大貴に言ってやってよ!」

 

突然火の粉が降りかかってきた。

 

・・・しょうがない。

やりますか。

 

「もー大貴!いの子寂しがってるだけなんだからさ、連絡してあげてよ。いの子は本当に大貴の事が好きで好きでしょうがないんだから」

 

ノープランで参加してみたけど私、変な事言ってるな(笑)

でもこのまま突き進むしかない(笑)

 

「えー・・・面倒臭えな・・・」

「ひどい大貴!・・・さては私以外に女いるでしょ!」

 

どうやらチャラ男を演じていると思われる有岡くんに伊野尾さんはヒステリックな女の子で応戦する感じかと思われる。

 

「いねーよ・・・」

「え!?いの子以外の女の子とも付き合ってるの!?さいてー!!」

 

ちょっと楽しくなってきた(笑)

 

「付き合ってねーよ」

「大貴さいてー!」

「大貴さいてー!」

 

有岡くんの言葉にかぶせるように伊野尾さんと私が有岡くんを責める。

そんな私たちの様子を見て有岡くんは思わず吹き出してしまったようで

 

「いや、2人息ぴったりだな(笑)」

 

と笑いだす。

 

「そう?(笑)」

 

それにつられて私も笑ってしまう。

 

「てか”いの子”って(笑)」

「何か”いの子”って言っちゃったんだよね(笑)」

 

口をついて出てきた名前だったけど、自分でもセンスないなって思う(笑)

 

「で?大ちゃんはいの子の事どう思ってんの?」

 

伊野尾さんがニヤニヤしながら質問する。

 

「え・・・好きだよ?・・・ってどんな質問だよ(笑)」

「その女とどっちが好きなのよ!」

「もういいよ(笑) 俺トイレ行ってくる」

 

伊野尾さんがどこまでもミニコントをしたがるからか、有岡くんは笑いながらそう言うと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「今日の大ちゃんなんか変じゃない?そわそわしてるというか落ち着かないというか」

 

有岡くんが部屋を出た途端に伊野尾さんが真面目な顔でそう言いだした。

 

「え・・・そうですか・・・?」

 

全然気づかなかった・・・。

 

「ついでに言うとまゆみさんも、だよね。落ち着かないというか。」

「えっ」

 

ミニコントを仕掛けて来ながらもこんなに冷静に私たちの事を見てたんだ!

 

私は伊野尾さんの洞察力にただただ感心していた。

 

「何かあった?」

「・・・あったと言えばあったし、なかったことにしようと思えば出来ます」

 

伊野尾さんの問いかけに動揺したのか、私は訳の分からないことを口走ってしまっている。

自覚はあるんだけど、なぜだか止められない。

 

「何だよそれ(笑)」

「私もどうすればいいかわからないんです。伊野尾さん。どうすればいいと思いますか?」

 

詳しく話してもいないのに何言ってるんだ私・・・

 

 

 

「何その無茶ぶり(笑)」

 

そんな私に伊野尾さんは笑いながらそう言いつつも

 

「わかんないけどさ。まゆみさんがどうしたいか、なんじゃないの?」

 

と、ちゃんと答えてくれる。

・・・優しい。

 

「・・・困ったことに私自身どうしたいかわからなくなってきてるんです」

 

伊野尾さんの優しさに甘えてしまいたくなってしまって私はついそんなことを言ってしまう。

伊野尾さんに言っても仕方ないんだけど、止まらない。

 

「好きな人を純粋に好きでい続けるのって、実はすごく難しいことなのかもしれませんね・・・」

 

 

 

 

 

有岡くんの事は、多分、好きなんだけど、以前のように純粋に「好き」だと思えている自信はない。

好きだと思えば思うほど、彼女の事を思い出して、胸が苦しくなる。

 

こんなにつらい思いをするぐらいなら、いっそのこと嫌いになれたらどんなに楽だろう。

何度も思った。

 

でも、嫌いになれない。

 

 

 

 

山田さんと過ごす未来を選べば、会社の同僚として有岡くんの幸せを願える自分でいられるんだろうか・・・

 

だとしたら、山田さんの気持ちに甘えさせてもらってもいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「本当に好きだからこそ、全力だからこそ、しんどいのかもね」

 

ふいに、ぽつりとそう言う伊野尾さん。

 

「・・・」

 

伊野尾さんの言葉・・・

何か・・・・刺さる。

 

「焦って答え出さなくてもいいんじゃない?」

「・・・そう・・・なんですかね・・・」

「うん。俺はそう思うけど」

 

そう・・・なのかな・・・

 

 

 

 

「まゆみさん、帰ろう」

 

有岡くんが戻ってきた。

 

「あ、うん」

 

一気に現実に引き戻された気がした。

 

「ばいばーい」

 

伊野尾さんが気の抜けた声でそういい手を振っている。

 

「失礼します」

 

私はそれに頭を下げて有岡くんの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの車内。

有岡くんはしばらく無言で車を運転していた。

私も無言で前を見続けている。

何となく、話しかけることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「まゆみさん」

 

しばらくしてから有岡くんに名前を呼ばれた。

 

「ん?」

「透けてるイケメンに何か言われたの?」

 

予想外の質問が有岡くんの口から発せられて驚いた。

が。

そんな私の感情とは裏腹に口が勝手に動く。

 

「・・・俺にしとけって」

「え!?」

「俺の方が好きだからって」

「・・・」

 

有岡くんは前を向いたきり、何も言わない。

 

 

 

 

「有岡くんはどう思う・・・?」

「・・・え・・・」

「私、山田さんとお付き合いした方がいいのかな・・・」

 

 

 

私の声はかすれていた。

 

本当はストレートに「私はこのまま有岡くんの事を好きでいていいの?」って聞きたい。

でも聞けなくて、遠回しな聞き方になってしまう。

 

 

何だか今日の私は様子がおかしい気がする。

だけど、山田さんと付き合うのはやめろって有岡くんの口から聞けたら、有岡くんの事、好きなままでいられる気がした。

でも。

 

 

 

「・・・」

 

有岡くんは何も言わない。

 

 

 

 

 

 

何も言ってくれないって事は・・・有岡くんの事は諦めた方がいいって事・・・だよね・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん!変な質問して!困っちゃうよね!本当ごめんね!」

 

私は沈黙に耐え切れなくなって慌ててそういう。

それに有岡くんは力なく「ううん」と言ったっきり何もしゃべらなくなってしまった。

 

私も、それ以上何も言えなくて。

私たちは無言で会社に戻ったのだった。

 

 

 

 

第77話へ