妄想小説Walk2 エピソード19
髙木くんが帰った後。
私は、とにかく「無」で仕事をすることにした。
何も考えないで時間を過ごすためには、とにかく「無」だと。
それからどれだけ時間が経っていたのかは「無」になっていたのでわからないが、いきなり社内がパッと明るくなったので、私は驚いて周りを見渡す。
・・・どうやら誰かが電気をつけたらしい。
私が思っていたより時間は過ぎていたようだ。
やがて、人影が見えた、と思ったら
「・・・やっと会えた・・・」
何故か、有岡くんがそこにいて、そうつぶやいていた。
「こんな暗い中で仕事してるの?」
「・・・本当だね。何か夢中になっちゃってたみたい(笑)」
有岡くんの言葉に私はそう言って笑顔を見せた。
有岡くんの前だと、明るい自分を演じる事が出来る。
「スマホ全然見てないでしょ。何回も電話しちゃったよ」
「えっ」
有岡くんにそう言われて、私は慌ててスマホを見る。
「・・・本当だ・・・」
そこにはたくさんの着信履歴が。
全部有岡くんからだった。
「ごめん・・・本当に気づかなかった」
「心配したよ」
「本当ごめん・・・」
「どうせまたご飯食べてないでしょ」
有岡くんに言われたので考えてみると、そう言えば今日ご飯を食べた記憶がない。
「あ・・・」
「やっぱり。」
有岡くんはそう言うと、私が机の上に広げていた仕事の束を片付けながら
「もう今日は仕事しない!ご飯食べて帰るよ!」
と言った。
「・・・はい・・・」
私は有岡くんには従順だ。
返事をすると同時に、有岡くんとともにデスクの上を片付ける。
「よし!じゃあ帰ろう!」
片付け終わると、有岡くんはそう言って私の手を引っ張る。
私はされるがままに有岡くんに着いて行く。
そしてそのまま駐車場に連れて行かれると、有岡くんの車の助手席に座らされた。
「何食べたい?」
有岡くんは運転席に座るとそう聞いてくる。
特に食べたいものなんてない。
こういう時は。
「有岡くんの食べたいものがいい」
と言う事にしている。
「じゃあ・・・和食かな」
「うん」
有岡くんの言葉に私が頷くと、有岡くんは車を発車させた。
「仕事そんなに大変なの?」
運転しながら有岡くんがそう問う。
やっぱり運転している横顔も最高にかっこいい。
「そういうわけじゃないんだけど、最近頭回らなくて(笑)早めにやっとかないと間に合わないような気がしちゃうんだよ(笑)」
本当、最近全然仕事がうまくこなせなくて困ってる。
うまく切り替えが出来ない自分が情けない。
「言ってくれれば手伝うから」
「そう?」
「うん。いつでも手伝うよ。だから無理しちゃダメ」
有岡くんはそう言いながら左手を伸ばして私の右手を掴み、手を繋いで自分の方へと引き寄せる。
「無理してるつもりはないんだけどね(笑)」
有岡くんの暖かい左手と太ももの感触に私はドキドキしながらそう言う。
すると有岡くんは
「まゆみに倒れられたら俺が困る」
と言って繋いだ手をギュッと握る。
「えっ」
「心配しちゃうから」
「有岡くん・・・」
優しい。
本当に優しい。
優し過ぎる。
有岡くんの優しさはすごく嬉しいんだけど、今は、その優しさが・・・辛い。
「すぐご飯食べなくなっちゃうし」
「それはただ忘れてるだけだから(笑)」
「ダメだよ!倒れちゃう。ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ(笑)」
「本当?」
「うん(笑)」
「・・・」
私が頷いたのを見て、有岡くんは急に黙り込む。
きっと、疑ってるんだろうな。
でも、寝てないなんて言ったらまた心配させちゃうから、絶対に言えない。
有岡くんの反応に私は勝手にそう思っていたけれど、どうやら取り越し苦労だったようだ。
「今から行くとこさ、たまたま入ったんだけどスゲーうまかったんだよ」
有岡くんはそう明るく話し出した。
「そうなの?」
「うん。まゆみに絶対食べさせたい。生姜焼き定食」
「おいしそう!」
「うまいよ!楽しみにしてて」
「うん!」
・・・何か久しぶりだ。
仕事以外で、有岡くんと2人きりで、こんなたわいもない会話するの。
本当・・・久しぶり。
何というか、ちょっと変なんだけど、ものすごく嬉しい。
どうでもいい会話がとてつもなく尊くて。
こうやって、たわいもない会話を2人でしていられることが、何だかものすごく嬉しい。
「あ。そうだ。おにぎり専門店見つけたんだよ。今度一緒に行かない?」
有岡くんのお誘いを断る訳ない。
「行く行く!すっごい楽しみ!」
「俺も!」
・・・楽しい。
私、笑ってる。
有岡くんも、笑ってる。
有岡くんの笑顔には幸せしかない。
何というか。
このまま、2人で一緒にいられるといいのにって。
心から思う。
ひとりよがりなお願い事なのかもしれないけど、やっぱり私は、有岡くんと一緒にいる未来を望んでしまう。
「さあ着いたぞー!」
やがて。車は目的地に到着したようだ。
「生姜焼き食うぞー!」
「おー!!」
何故かやたらとテンションの高い私たち。
その、おかしなテンションのまま、有岡くんと私は手を繋いでルンルンでお店の中に入った。