妄想小説Walk第95話
「あの子と別れてしばらくたった時に、あの子から連絡があってさ」
有岡くんが静かに話し出す。
私はそれに相槌を打つ。
「俺と別れたせいでうつ病になったって言われたんだ」
「・・・うつ病に?」
少し、驚いた。
予想外の話だった。
「うん。だからもう一度付き合って欲しいって。そばにいて欲しいって言われた。」
ズキン
何故か胸が痛む。
何か、色々、辛い。
・・・でも、知りたい。
「それで・・・付き合うことになったの・・・?」
「ううん。付き合ってない」
有岡くんはきっぱりとそういう。
そして、続ける。
「付き合う事は出来ないけど、俺に出来る事はするよって言った」
「・・・そっか」
「会って話したいって言うから一回会って話してさ。その後しばらくは連絡がなかったから、病気がよくなったのかと思ってた。でも、そうじゃなくて。」
「・・・うん」
「どうしても俺にそばにいて欲しいって。俺がいないとダメなんだって言われて。」
「それで、また付き合い始めた?」
「だから違うって!」
思わず口にしてしまう私の言葉を有岡くんははっきりと否定する。
・・・でも、やっぱり私の中で2人は付き合ってたとしか思えないみたいだ。
いつか有岡くんが言ってた「多分、付き合ってない」の”多分”がどうしても引っかかっている。
有岡くんは彼女とは付き合ってないって言ってるけれど、疑ってしまう自分がいる。
有岡くんはそんな私を見てふぅーとため息をつくと
「・・・そうだよね。俺が中途半端な事言ってたから、そりゃ勘違いするよね。ごめんな。」
と言った。
「えっ」
急に謝られて驚く私。
そんな私に有岡くんは私の目をしっかり見て言った。
「俺、本当にあの子と付き合ってないから。信じて。とりあえず俺の話を聞いて。」
真っすぐな瞳だった。
きっと、有岡くんは嘘はついていない。
・・・と思う。
私は有岡くんの目を見つめてうなずいた。
「俺はもう付き合う事は出来ないって言ったんだけど、期間限定でいい。手を繋いで歩いたり、時々会ってくれるだけでいい。大貴から自立する為にちょっとだけ協力して欲しいって言われて。病気を治すための手助けになるなら、と思って、俺が力になれるなら協力するよって言ったんだ」
「・・・そっか」
「だから、手を繋いで歩いてた。あの子に早く病気を治してほしくて。その手助けをしてるつもりだった」
彼女と手を繋いで歩いてたのは、有岡くんの優しさの証だったんだ・・・
「呼び出されてもすぐ駆け付けた。俺と話してると「死にたい」って思う気持ちが和らぐみたいだったから」
「・・・」
死にたい・・・
まさか、彼女がそんな気持ちを抱えていたなんて。
私は、そんな彼女に嫉妬心があった事が無性に恥ずかしくなった。
「けど、これって何か違うんじゃないかって思い始めた」
「違う?」
「うん。・・・なんていうか・・・勘違いさせてしまうような事をしてるんじゃないかっていうか・・・」
「勘違い?」
「そう。俺はもう付き合う気はないけど、手を繋いだり、会ったりしてたら、やっぱり付き合ってるみたいな事になるのかなって」
そっか。
そんな迷いがあったから、有岡くんはあの時”多分”付き合ってないって言ったんだ。きっと。
「・・・うん。なると思う」
私だったら、好きな人が手を繋いでくれたり、会ってくれたりしたら、やっぱり期待してしまう。
「やっぱそっか・・・」
「うん・・・」
「俺、あの子とちゃんと話して、ちゃんと向き合おうって思ってさ。何度も話し合ったんだよ」
「そうなんだ」
「うん。最初はなかなか話し合いに応じてくれなかったんだけどね」
何かわかる。
彼女はきっと有岡くんの思いに気づいて、話し合う事を避けていたんだろう。
終わりにしたくなくて。
「でも段々話を聞いてくれるようになって。最終的にはわかってくれたみたいで、もう会わない方がいいねって事になったんだ。それから会ってないし、連絡も取ってない。これからも、会わない」
「えっ」
急に全く会わなくなるって・・・
彼女は大丈夫なんだろうか。
寂しくて・・・死にたくなったりしないだろうか。
「彼女は大丈夫なの?有岡くんが一方的にそうした訳じゃないよね?」
私は何だか不安になってしまって、そんな思いを有岡くんにぶつけてしまう。
「うん。大丈夫だと思う。もう会わない方がいいって言ったのもあの子の方だし、最後に会った時、すごくすっきりしたような顔してたんだよね。だから、気持ちの整理がついたんじゃないかな」
「・・・そっか。ならよかった」
すっきりした顔してたなら大丈夫なのかな。
病気は快方に向かってるって事だよね。
それなら、よかった。
「いつだったか、まゆみさんと海でバッタリ会ったの覚えてる?」
有岡くんが甘えてきてくれた時の事だろう。
あの日、何も言ってはくれなかったけど、少しでも有岡くんの力になれたような気がして、嬉しかった。
「うん」
「あの時、まゆみさんが甘えさせてくれたから力が沸いたよ。ありがとね」
「ううん。力になれたのならよかったよ!」
「うっかり話しちゃいそうだった(笑)」
うっかりって。
「何で話さなかったの?」
「やっぱり、病気の事もあるからさ。そういうのって話してもいいものなのかなって思って」
「・・・そっか、そうだよね」
彼女も病気の事、人に知られたくないはずだもんね。
今まで話さなかったのも、有岡くんの優しさだったんだ・・・。
「だからさ。もうあの子の事は気にしなくて大丈夫だから。」
「えっ」
「今日、俺はまゆみさんのそばにいるからね」
「え!?」
「とりあえず、ご飯食べよう」
「あ、はい・・・」
有岡くんにそう言われ、私たちは食事を再開したのだった。