妄想小説Walk2 エピソード14

「まゆみ、山田、ちょっと」

 

部長が山田さんと私の名前を呼び、手招きをする。

 

 

・・・?

なんだろう。

 

 

山田さんと私はお互い目を合わせ首をかしげる。

そして立ち上がり、部長のデスクに向かった。

 

 

 

 

「急なんだが三日後、お前たち二人に出張に行って欲しい」

 

山田さんと私が部長のデスクの前に立つと、部長は唐突にそう言った。

 

「え!?」

 

何とも急なお話だった。

 

「二日間ほど新製品の説明会があるんだが、担当が急に行けなくなったんだ。資料は出来てるから、現地での説明会を2人でやってもらえないだろうか」

「え・・・」

「わかりました」

 

戸惑っている私をよそに山田さんはあっさりそう言う。

 

 

二日間って事は、一泊二日って事よね・・・

そんな大々的な説明会に私なんかが付け焼刃で参加して大丈夫なんだろうか・・・

 

 

私がそう思っていると

 

「悪いな、まゆみ。他に行けるやつがいなくてな。引き受けてもらえないか?」

 

部長は私の方に体を向けてそう言った。

 

 

そんな風に言われてしまうと断れない・・・

 

 

「わかりました」

「助かるよ。ありがとう」

 

私の言葉に部長は笑顔でそう言うと言葉を続ける。

 

「山田は一度やったことがあるからわかるよな?」

「はい」

「まゆみはサポートしてやってくれ」

「・・・はい」

「じゃあ、これ」

 

部長はそう言うと説明会の資料を山田さんと私に手渡す。

 

「頼んだぞ」

 

部長のその言葉を合図に山田さんと私は部長に頭を下げて自分のデスクに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・不安過ぎる。

資料を見れば見るほど三日後に間に合う気がしない。

 

「そんなに不安?」

 

私の不安が伝わってしまったのか、山田さんがそう言う。

 

「うん・・・」

「大丈夫だよ。説明は俺がするから」

 

山田さんはそう言うと微笑みながら

 

「安心して俺についてきて」

 

と言った。

 

・・・美しい・・・

 

そのお顔があまりにも美しすぎたので、私は相変わらずのその美しさにクラクラしながら

 

「はい・・・」

 

と返事するしかなかった。

 

 

 

 

・・・やるしかないか。

とりあえず、出張中の仕事を前倒しで片付けておかなくちゃ。

 

 

私は気持ちを切り替えて仕事に集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終業時間になってもさすがに仕事が終わらず。

私は残業することにした。

 

 

・・・というか。

ちょっとありがたいなっていう気持ちもある。

今は仕事に集中して、なるべく余計な事は考えたくない。

 

 

私は目の前の仕事を無になりひたすらこなしていた。

 

 

 

 

 

 

しばらくして。

 

「まゆみさん終わりそう?」

 

隣で残業をしていた山田さんにそう声をかけられた。

 

「あ・・・まだ終わりそうにないな」

 

本当は終わらせようと思えばいつでも終わらせられるんだけど、まだ終わらせたくなかった。

 

「じゃあ手伝うよ」

「ううん!大丈夫!」

 

山田さんの申し出を私は食い気味でお断りする。

そして。

 

「山田さん疲れてるでしょ?帰ってゆっくり休んで!」

 

と言葉を続けた。

 

「・・・そう?」

「うん!」

「じゃあ・・・先に帰るね」

「うん!お疲れさまです!」

「・・・」

 

山田さんは少しためらい気味で私を見ていたが、ふいに笑顔を見せると

 

「じゃあお先!」

 

と言って帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・ふぅ・・・・

 

 

 

 

気がついたらため息をついていた。

 

 

 

 

・・・ダメだな・・・私・・・

 

 

 

 

私は気分を変えようと思い、スマホを開く。

すると、有岡くんからLINEが届いていた。

心臓がドクンと音を立てる。

 

 

”お疲れ!今日仕事手伝えなくてごめんな”

 

 

気にしてくれてたんだ・・・

 

 

”ううん、大丈夫。ありがとう”

 

私はそう返信した。

 

 

 

 

 

 

 

・・・有岡くん・・・

 

 

 

 

 

 

私は何とも言い難い感情がこみあげてきてどうしていいかわからなかった。

 

 

 

 

 

 

私は、有岡くんの・・・何なんだろう・・・

 

 

 

 

 

 

私の事を気にしてくれてすごく嬉しい。

でも。

私は有岡くんの一番ではないかもしれない。

 

 

 

 

・・・は。

そもそも有岡くんにとっての一番になろうとすること自体が間違っているのかもしれない。

 

そうだ。

私は自分の立場をわきまえなくてはいけないんだ。

私なんかが一番になれると思う事が間違ってるんだ。

 

私は、こみあげてくる間違った感情に必死で蓋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

私は1人で残業していた。

 

山田さんが「手伝うよ」と言って下さったが丁重にお断りした。

 

「明日早いんだから、適当に切り上げて早く帰りなよ」

 

山田さんは帰り際までそう言って心配してくださった。

本当、山田さんは優しい。

 

 

 

 

 

本当は私も残業する必要はない。

それでも会社に残っていたかったのは、なるべく長い時間自分を仕事モードにしておきたかったからだ。

プライベートモードにしてしまうとネガティブな感情があふれ出してきて辛かった。

 

かといって。

有岡くんに真相を聞くのも怖かった。

 

このままじゃよくないのはわかってる。

でも。

「何で知ってるの?」って聞かれたら答えられない。

 

 

とにかく。

今、私に出来る事は、心を凍らせて思考を停止させること。

有岡くんに嫌われないようにする為にはそうするしかない。

 

 

 

 

私は大きく深呼吸をする。

 

 

 

 

・・・よし。仕事しよ。

 

 

そう気持ちを切り替えた時。

 

「やっぱり残業してる」

 

この世で一番愛おしい声が聞こえてきた。

と同時に。

柔らかい手が私の頭をポンポンっとしていて。

私の心は激しく動揺していた。

 

「・・・有岡くん・・・どうしたの?忘れ物?」

 

私は激しい心の動揺を気合で追い出して振り返り、笑顔でそう言う。

悲しいかな、私はどんなに辛くても有岡くんの顔を見ると笑顔を見せてしまう。

 

「違うよ(笑)まゆみが残業してるだろうから手伝いに来たんだよ」

「え・・・」

 

 

・・・やめて。せっかく凍らせた心が溶けてしまう。

完全に溶けてしまったら私は号泣しながら有岡くんを責めてしまう。

 

 

「どうせご飯も食べてないんでしょ?買ってきたから一緒に食べよ」

 

有岡くんはそう言って笑顔を見せる。

 

 

 

 

・・・ダメだ。

有岡くんを責めるなんてお門違いだ。

ちゃんと真相を確かめられない私が悪い。

 

「・・・うん!ありがとう!」

 

私は凍らせた心に頑丈に蓋をして笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

2人でご飯を食べている間はほとんど有岡くんが喋っていた。

私は笑いながら相槌を打っていたけれど、正直何ひとつ耳に入ってこなかった。

 

私はただ、程よい所で相槌を打ち、笑いを入れるマシンと化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ。ご飯食べたから帰ろ」

 

私がご飯を食べ終わったのを見ると有岡くんはそう言った。

 

「え、でも仕事が・・・」

「大丈夫だよ。後は俺がやっとくから」

「え・・・」

「まゆみは明日早いんだから早く帰って寝ないと」

「まぁ・・・そうなんだけど・・・」

「ほら。早く片付けて。送ってくよ」

 

・・・どうやら今日はもう仕事させてもらえそうにない。

私は観念してデスクの上を片付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「最近仕事ばっかりしてない?」

 

私のマンションの前に車を停めて有岡くんはそう言いだした。

 

「そう?」

「無理しちゃダメだよ。倒れちゃうから」

 

・・・優しい・・・

でも、今そんなに優しくされると・・・辛い・・・

 

「うん。気を付ける。送ってくれてありがとう」

 

私はそう言うと車のドアを開ける。

 

「寒いからあったかくして寝ろよ」

「うん、ありがとう。おやすみ」

 

有岡くんの言葉に私は振り返り笑顔を見せて車を降りた。

 

 

走り去っていく車の後姿を手を振り見送る。

その時には既に涙腺が崩壊していた。

 

 

 

 

有岡くんに見られなくてよかった・・・

 

 

 

 

エピソード15へ