妄想小説Walk第101話

「緊張してる?」

 

私の事を気にしてくれていたのか、車を運転しながら有岡くんが言う。

 

「うん。してる。」

「大丈夫だよ。まゆみには俺がついてる」

「・・・ありがとう」

 

急に呼び捨てとかされるととても照れくさい・・・

でも、すごく嬉しくてニヤニヤしてしまう。

さっきまでの緊張も吹っ飛んでしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

今日、私は久々に会社に出勤する。

今後、会社に残れるのか、退職することになるのかが、今日、決まるのだ。

 

仕事は好きだから出来れば続けたい。

なので、今日、出勤することが決まってから私はずっと緊張していた。

 

そんな私を有岡くんは気遣ってくれ、家まで迎えに来てくれた。

 

「俺がずっとそばにいるから大丈夫」

 

何度もそう言って励ましてくれている。

本当に優しくて、私にはもったいない人だ。

 

せめて、有岡くんにふさわしい女になれるように努力し続けよう。

いつか、有岡くんが私を選んでくれたことを誇りに思ってもらえるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会社に足を一歩踏み入れると、そこにはいつもの風景が広がっていた。

いつもの風景なんだけど、今の私には少し新鮮だった。

どこか懐かしいような、何と言うか、色々な感情が入り混じって、胸がきゅうっとなるような、そんな感じで・・・。

 

 

「おはようございます!」

 

有岡くんが私の前を元気いっぱいで歩き出す。

 

きっと、久しぶりに出勤して緊張してる私が会社に入りやすいように前を歩いてくれてるんだ。

 

私は有岡くんの優しさに感謝しながらその後ろをついていく。

そして、私たちはごくごく自然にそれぞれの席へ向かう。

 

 

「おはよ!」

 

私は、いつも通り自分の席に座っている髙木くんに、いつも通りに

声をかけた。

・・・つもりだった。

 

「おはよ(笑) 何か顔こわばってない?(笑) 緊張してんの?」

 

私の緊張はどうやら相当顔に出ていたらしい。

髙木くんがニヤニヤしながらそう言ってきた。

 

「うん(笑) してる(笑) 緊張しすぎて吐きそう(笑)」

「マジか(笑)」

 

髙木くんは笑いながらそう言っていたが、ふと、表情を変えて、私に顔を近づけてきて一言。

 

「大丈夫だよ。心配すんな」

 

気を失いそうなほどのイケボでそう言った。

 

「雄也!!!」

 

久々の”雄也、降臨”だ。

 

何だ今の!!

カッコよすぎる!!

 

「今、”雄也”はずるい!」

「女の子はこういうのが欲しいんじゃないの?」

 

私の反応に髙木くんはご満悦なのか、ニコニコしながらそう言う。

 

悔しいけど、おっしゃる通りだ。

 

「はい。欲しいです。ありがとうございます」

 

髙木くんが相変わらずで、何か安心する。

 

 

 

 

「はい。髙木。コーヒー」

「あ、ありがと」

 

そんな時、八乙女くんがコーヒーを持ってきて髙木くんに手渡した。

どうやら髙木くんに淹れてあげていたようだ。

 

「まゆみさんも飲む?」

「あ、うん」

 

八乙女くんの言葉に私が頷くと

 

「だと思った。はい」

 

八乙女くんは手に持っていたもうひとつのコーヒーを私に渡してくれる。

私がコーヒーを欲しがることはわかってくれていたようだ。

 

「ありがとう。八乙女くんのはある?」

「あるよ」

「そっか」

 

じゃあ遠慮なく頂こう。

 

私は自分の席に座り、八乙女くんに淹れてもらったコーヒーを一口飲む。

 

 

 

・・・おいしい。

 

 

 

何だろう。

何というか。

こういう、いつもの風景に自分が戻って来れているのが嬉しかった。

この、いつもの風景が、このままずっと続いてくれるのを私は祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

フロアがざわつく。

どうやら部長が出勤されたようだ。

 

「まゆみ。会議室な」

「はい」

 

私に声をかけた後、部長はそのまま会議室に入っていく。

私も慌てて立ち上がる。

 

・・・けど。

足が動かなかった。

立ち上がったのはいいけど、足が動かない。

 

 

・・・どうしよう。怖い。

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

呆然としていた私の顔をいつの間にか有岡くんがのぞきこんでそう言っていた。

 

「えっ、ああ、うん」

 

一瞬で我に返る。

有岡くんが目の前に来ていた事すら気づかなかった。

 

「一緒に行こうか?」

 

同席出来る訳もないんだけど、こういってくれるのが有岡くんの優しさだ。

 

「ううん、ありがと。頑張る」

 

私は感謝の気持ちを込めて、その申し出をお断りした。

 

「じゃあ深呼吸して」

「えっ」

「吸って!」

 

”吸って!”と言われると、条件反射で思いっきり息を吸ってしまう。

有岡くんも私と同じように息を吸っている。

そして。

 

「はいて」

 

と言いながらゆっくり息を吐き出した。

私も有岡くんに合わせてゆっくり息を吐き出す。

 

全て息をはききると

 

「はい!これで大丈夫!」

 

有岡くんはそう言って、私にアイドルのようなキラキラな笑顔を見せた。

有岡くんの最高の笑顔につられて私も笑顔になる。

 

「ありがとう。いってくる」

「いってらっしゃい!」

 

私は気持ちを切り替えて会議室への一歩を踏み出した。

 

 

 

 

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