妄想小説Walk EP-ZERO 第4話

採用通知と共に入社式の詳細が記載された封書が届いたのは面接から数日後の事だった。

小躍りするほど嬉しかった。

私はすぐさま退職願を書き、部長に提出した。

 

「・・・」

 

封筒の”退職願”の文字を一瞥した部長は、睨むような目つきで私を見て、鼻で笑った。

私は無言で部長に頭を下げ、自分の席に戻る。

 

ののしられるかと思ったが、それすらもない。

部長にとって、私は、その程度の存在なんだな・・・

 

何だか自分が情けなかった。

もっと会社にとって必要とされる、役に立てる人間になりたい。

そう思った。

 

この会社では私は存在する意味がなかったけれど、(株)AYTでは必要とされる、役に立てる人間になれるように頑張ろう。

私は決意を新たにしていた。

 

 

 

その後、退職願は受理され、私は何事もなく退職の日を迎えた。

それが、今日だ。

 

ひとりひとりにご挨拶をさせて頂き、「お疲れ様」と言っていただいている中。

1人だけ。

同期の男性が「残念だ」と言ってくれて驚いた。

「いつか一緒に仕事出来るといいな」

とも言ってくれた。

企画営業なら会う機会があるかもしれないから、と。

 

ほとんど話したことがなかったのに、そんな事を言ってくれて本当に嬉しかった。

私の存在を認めてくれたような、そんな気がした。

 

この会社では結局、部長の飲みたいものを一度も正解できずに終わってしまったけれど。

彼のその一言のおかげで、全てが報われたような気持ちになれた。

 

「いつか一緒に仕事することができた時はいい仕事にしような」

 

彼はそう約束してくれて。

私たちは笑顔で別れた。

 

 

ありがとう。

人生、捨てたもんじゃない。

約束は絶対果たすからね。

 

 

私は心の中でそう誓うと、会社を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は(株)AYTの入社式。

支店を含めた新入社員が一同に会すというので、何だか身の引き締まる思いだ。

 

私は、先ほど受付で教えて頂いた、”自分の名前の書かれた紙が貼ってある椅子”を探している。

そこに座って待つように言われたからだ。

 

 

えっと・・・企画営業・・・

あ。あった。

 

 

所属部署ごとに分けられていた為、椅子はすぐに見つけることができた。

私の隣の席には既に男性が座っている。

その方に頭を下げてから席に座ろうと、男性の顔を見た瞬間。

 

「あっ・・・」

 

私は思わず声を出してしまった。

隣に座っていたその男性は、面接の時にペンケースを拾ってくれたイケメンだった。

 

「ああ!」

 

彼も私の顔を見てすぐに思い出してくれたようで、そう声を出すと

 

「よかった。お互い無事に約束が果たせて」

 

と笑顔を見せた。

 

「本当に」

 

私も笑顔でそう返す。

本当、無事に再会できてよかった。

 

「ここに座ったって事は同じ部署かな」

「企画営業部?」

 

彼の言葉に私がそう答えると

 

「そう。同じだ」

 

彼はそう言って驚きの表情を見せた後

 

「すごい偶然だな」

 

と、屈託なく笑った。

イケメンの笑顔は本当、正義だな。

 

「あ、俺、髙木です」

「あ、まゆみです。よろしくお願いします」

 

そんな事を思っていたら自己紹介をされたので私も慌てて名乗り、頭を下げる。

すると髙木くんは

 

「まゆみさん、丁度良かった!ウェットティッシュ持ってない?」

 

と言って笑う。

 

そうだよね(笑)

あの日もウェットティッシュを渡したんだった(笑)

 

「持ってるよ(笑) 今日も手汗?」

「うん(笑) 実は緊張してる(笑)」

「緊張するよね!ちょっと待ってて」

 

私はそう言うと、鞄の中からウェットティッシュを出し、髙木くんに「はい」と差し出した。

 

「ありがとう」

 

髙木くんはそう言ってウェットティッシュを一枚取り出すと、自分の手を拭き

 

「あ~スッキリした!」

 

と、満面の笑顔。

可愛いな(笑)

 

 

 

髙木くんとそんな微笑ましいやり取りをしている時。

隣に人の気配を感じて振り返ると、そこには派手なピンクのスーツを着た女性がいて面食らった。

 

入社式に派手なピンクのスーツとか、ツワモノ過ぎる・・・

 

とはいえ、おそらく同じ部署の同期。

私は気を取り直して彼女に会釈をした。

すると彼女は

 

「あ、どうも」

 

一瞬だけ私の方を見てそう言った後、髙木くんが視界に入ったのか、急に目を見開いて

 

「ちょっと席変わって」

 

と言った。

 

「え?」

「席。変わってよ」

 

よく聞こえなくて聞き返した私に、彼女ははっきりとそう言う。

 

「あ、はい」

 

小声ではあるけれど、ものすごい気迫を感じて、私は慌てて立ち上がる。

すると彼女は素早く私の席に座り、髙木くんの腕をつかむ。

 

「!?」

 

急に腕を掴まれて驚いた顔をしている髙木くんにはお構いなしに彼女は笑顔で

 

「初めまして。ゆいなです」

 

と言う。

先ほどとはうってかわった猫なで声だ。

その豹変ぶりに私は驚いて目が飛び出してしまいそうだ。

 

「あ・・・どうも・・・」

 

髙木くんも急な出来事に驚いている。

そんな髙木くんをよそに、ゆいなさんはゆっくりと髙木くんの胸元に顔を近づけた後、微笑みながら言った。

 

「雄也くんって言うんだね」

「・・・」

 

どうやらゆいなさんが髙木くんの胸元に顔を寄せたのは、そこについていた名札を見る為だったようだ。

 

す、すごい・・・

猫なで声なのに、セクシーって、どういうことなんだろう・・・

私には皆無な技だ・・・

 

私は、ゆいなさんの動きにただただ圧倒されていた。

 

 

「・・・離してくんない?」

 

そんな中。髙木くんが静かに言う。

 

「?」

「手。そろそろ離して」

 

静かながらも、はっきりと、髙木くんがそう言うと、ゆいなさんは黙って手を離す。

そんなゆいなさんに向かって髙木くんは更に言う。

 

「あと、席も元に戻ったら?」

「何で?」

「ここ、キャバクラじゃねーから」

 

見つめ合う2人。

こ、怖い・・・

私は生きた心地がしなかった。

 

「雄也くんって面白いね」

 

ゆいなさんは全く怯むことなくそう言うと、微笑みながら言葉を続ける。

 

「雄也くんも席に戻った方がいいんじゃない?」

「は?」

「ここ、八乙女光くんの席だよ」

 

ゆいなさんがそう言って指さした先には、確かに「八乙女光」の文字が。

髙木くんはそれを見ると不機嫌そうに立ち上がり、隣の「髙木雄也」と書いてある席に移動して背中を向けた。

 

それを見届けたゆいなさんは立ち尽くしている私をちらっと見た後、ゆっくりと自分の席に座り、足を組む。

 

こ、怖い・・・

 

私は怒られないように薄ら笑いを浮かべてペコペコしながら自分の席に座る。

 

 

この空気感・・・

耐えられない・・・

八乙女光くん、早く来て・・・!!

 

私は祈るような気持ちで、まだお会いしたことのない「八乙女光くん」を待ち続けたのだった。

 

 

 

 

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